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東京高等裁判所 平成12年(ネ)1693号 判決 2000年10月26日

主文

一  本件控訴に基づき、原判決を次のとおり変更する

被控訴人は、控訴人に対して、別紙物件目録記載の土地についてされた宇都宮地方法務局栃木支局昭和五二年七月一九日受付第八五二四号の同年同月一九日売買(条件 農地法五条の許可)を原因とする条件付所有権移転仮登記の抹消登記手続をせよ。

二  本件附帯控訴を棄却する。

三  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人(控訴の趣旨及び附帯控訴の趣旨に対する答弁)

主文と同旨

二  被控訴人

1  控訴の趣旨に対する答弁

本件控訴を棄却する。

2  附帯控訴の趣旨

(一) 原判決を取り消す。

(二) 控訴人の請求を棄却する。

(三) 訴訟費用は、第一、二審とも控訴人の負担とする。

第二  当事者双方の主張

一  本件は、昭和五二年七月一七日に控訴人から別紙物件目録記載の農地(畑。以下「本件農地」という。)を代金八〇〇万円で買い受け、条件付所有権移転仮登記を経由していた被控訴人が、約二三年間にわたり農地法五条所定の農地の転用移転の許可の申請手続を行わなかったところ、被控訴人が、被控訴人の右許可申請手続協力請求権が時効により消滅したとして、被控訴人に対して右条件付所有権移転仮登記の抹消登記手続を求めた事案である。

第一審は、控訴人の右請求に対して、被控訴人の農地の転用移転許可申請手続協力請求権が時効消滅していることを認めたうえで、被控訴人に対して控訴人から売買代金八〇〇万円の返還を受けるのと引換えに右条件付所有権移転仮登記の抹消登記手続を命ずる一部認容の判決をしたが、控訴人は、本件控訴により右引換え給付の負担のない抹消登記手続を求め、被控訴人は、本件附帯控訴により被控訴人の取得時効の完成等を理由に控訴人の請求を棄却する旨の判決を求めた。

二  控訴人の請求原因と被控訴人の主張は、次のとおり補正、付加するほか原判決「事実及び理由」欄の第二及び第三のとおりであるから、これをここに引用する。

1  原判決五頁二行目の「原告は、」を「控訴人は平成元年ころから、」に改め、同六頁四行目と五行目の間に次のとおり挿入する。

「六 控訴人は平成元年以降、被控訴人から本件農地を賃借し、被控訴人の所有権を承認して賃料の支払を続けていたのであるから、控訴人が農地の転用移転許可申請手続協力請求権の消滅時効を主張して所有権移転仮登記の抹消を請求することは権利の濫用である。」

2  当審において付加した当事者の主張

(一) 控訴人

被控訴人の控訴人に対する農地の転用移転許可申請手続協力請求権が時効で消滅したからといって、昭和五二年当時の売買契約が失効すると解釈すべき理由はなく、売買契約について原状回復義務が生ずるものではない。控訴人に売買代金の返還義務が生ずる根拠はなく、代金返還義務と条件付所有権移転仮登記の抹消登記手続義務が同時履行になるという理由もない。

(二) 被控訴人

(1) 本件売買契約の後、被控訴人は自ら本件土地を管理していたが、控訴人に管理を委託し、平成元年からは控訴人に賃借した。当事者は、農業委員会の許可があるまでは所有権移転の本登記ができないという認識があるに過ぎないのであるから、被控訴人の占有又は間接占有に所有の意思があったと認めるべきである。したがって、被控訴人が本件土地の占有を開始した日から二〇年が経過した平成九年八月一日に本件農地の取得時効が完成している。

(2) 農地の転用移転許可申請手続協力請求権については、本件農地の賃貸借契約が成立した以降、債務承認をしているのも同然であるから、右請求権については時効の中断がある。仮にそうでないとしても消滅時効成立後に時効の利益の放棄があったというべきである。

第三  当裁判所の判断

一  本件売買契約の成立経過等

1  別紙物件目録記載の土地(本件農地)が控訴人の所有であったこと、昭和五二年七月一七日、被控訴人が代金八〇〇万円で本件農地を買い受ける旨の本件売買契約が締結されたことは、当事者間に争いがない。

2  甲第一号証、乙第一号証、第二及び第八号証の各一、二と控訴人及び被控訴人各本人尋問の結果によれば、被控訴人は、右売買契約が成立した昭和五二年七月一七日に売買代金の内金二〇〇万円を控訴人に支払い、司法書士に依頼して、本件農地につき、昭和五二年七月一九日の売買(条件 農地法五条の許可)を原因とし被控訴人を権利者とする宇都宮地方法務局栃木支局同日受付第八五二四号の条件付所有権移転仮登記をし、同月二三日に残金六〇〇万円を控訴人に支払って右売買代金を完済したこと、本件売買契約においては、本件農地の転用移転許可申請手続は売主において昭和五三年度末までに行うものとする旨の約定があったが(第一二条)、右の期間を経過しても、被控訴人は控訴人に対して右の転用移転許可申請手続に対する協力を請求しなかったことが認められる。

二  農地法五条の転用移転許可申請手続協力請求権の時効消滅

1  右の事実によれば、本件売買契約により被控訴人は農地所有権の移転の債権的請求権を取得したといい得るが、農地法五条の転用移転許可がない以上、農地所有権は被控訴人に移転せず、なお控訴人に保留されていると認めざるを得ない。被控訴人の本件売買契約による本件農地の所有権移転請求は、具体的には先ず右の農地転用移転許可申請手続協力請求権の行使により履行の確保がされるべきものであるところ、控訴人は右の許可申請手続協力を昭和五三年度末日までにすべき義務を負っていたから、右許可申請手続に協力すべき義務の最終合意期限である右時点から一〇年が経過した平成元年(昭和六四年)三月三一日に被控訴人の右許可申請手続協力請求権の消滅時効の期間が経過したと認められる(なお、控訴人の本件消滅時効の援用は、その時効起算点を本件売買の登記の日である昭和五二年七月一九日としているものであるが、右の起算日以外の消滅時効を主張しない趣旨のものとは解されない。)。

2  消滅時効の中断ないし時効利益の放棄について

ところで、乙第三号証の一、二、第四号証、第九号証の一ないし二一、控訴人及び被控訴人各本人尋問の結果と弁論の全趣旨によれば、被控訴人は、前記売買契約が成立した直後ごろは自ら本件農地を管理していたが、その後控訴人に依頼してその管理を任せ、平成元年一一月ごろから、控訴人に本件農地を貸与して年間五万円の賃料を支払わせる賃貸借契約を締結することとし、そのころから、控訴人は本件農地の耕作を再開し、平成三年一一月一五日付けで正式に賃料を年五万円、期間を二年間とする賃貸借契約書を交わし、さらに平成五年一一月一五日にもこれを更新して同様の賃貸借契約書を交わしたことが認められる。

被控訴人は、控訴人が長年被控訴人の委託を受けて本件農地の管理を行い、平成元年一一月以降は、賃料年間五万円を支払う賃貸借契約が締結されたのであるから、前記申請手続協力請求権の消滅時効の中断があったと主張するが、右賃貸借契約は前記1の消滅時効期間経過後の事由であるから、これによって消滅時効の中断が生ずる余地はない。また、被控訴人は、同年一一月ごろに締結された本件農地の前記賃貸借契約の締結により、控訴人において、時効利益の放棄があったと主張するが、控訴人が被控訴人に対し完全なる所有権を有していることを承認していたものといえないし、右賃貸借契約が転用移転許可申請協力義務の承認とみなすこともできず、その間控訴人が既に被控訴人の前記許可申請手続協力請求権の消滅時効が完成していることを知っていたと認めるに足りる証拠はない。したがって、前記消滅時効の期間が満了した後に締結された前記賃貸借契約の締結によって、控訴人が前記消滅時効の完成による時効利益を放棄する意思表示をしたものとは認められない。

三  被控訴人の売買代金返還請求権の履行について

被控訴人は、仮に被控訴人の許可申請手続協力請求権が時効により消滅したとしても、本件売買契約自体が失効するから、被控訴人は代金返還請求権を取得し、所有権移転仮登記の抹消登記手続義務と売買代金返還義務とが同時履行になると主張するが、本件売買契約のような双務契約において、控訴人の被控訴人に対する一方の許可申請手続協力義務が消滅時効の完成により消滅しても、本件売買契約自体が当然に失効するものとはいえないから、被控訴人の控訴人に対する売買代金支払義務が遡及的に消滅するものでなく、控訴人に当然に売買代金返還義務が生ずるということはできない。したがって、被控訴人の本件抹消登記手続義務と控訴人の売買代金返還義務とが同時履行の関係にあるとする被控訴人の主張は、主張自体失当である。

四  被控訴人の取得時効の抗弁について

前記認定のとおり、被控訴人は本件売買契約の成立直後には自分で本件農地を管理していたが、その後控訴人に管理を委託し、平成元年一一月ころからは控訴人に賃貸する賃貸借契約を締結したことが認められるから、控訴人との関係においては、被控訴人が事実上の収益権を有する所有者同然の者として行動していたと認められる。しかしながら、甲第一号証と乙第一号証、第八号証の一、控訴人と被控訴人の各本人尋問の結果によれば、本件農地の売買契約においては、契約書上も農地法五条の許可が必要であることが明示され、本件農地の登記簿上も右許可を条件とする条件付所有権移転仮登記がされていることが明らかであるから、被控訴人の前記認定の占有における所有の意思の内容も、右の条件付きの所有権取得の意思であったと認めざるを得ない。したがって、右の条件が未成就である以上、被控訴人の前記占有における所有に関する意思も不完全な所有の意思であったと認めざるを得ず、被控訴人の前記占有は完全なる所有の意思を欠くものというべきであるから、被控訴人の本件農地に対する時効取得を認めることはできない。

五  権利の濫用の主張について

前示のとおり、控訴人が平成元年に本件農地について被控訴人から賃借する旨の賃貸借契約を締結するについては、被控訴人の前記許可申請手続協力請求権が時効により消滅したことを知っていたと認めるに足りる証拠はない。したがって、右のような事実関係の下で、控訴人が被控訴人の前記許可申請手続協力請求権の時効消滅を主張し、本件農地にされた条件付所有権移転仮登記の抹消登記手続請求をすることは、権利の濫用になるとはいえない。この点の被控訴人の主張は失当である。

六  結論

以上によれば、控訴人の本件請求は理由があるから認容すべきところ、引換え給付を付してこれを認容した原判決は不当であるから、これを右のとおり変更することとし、本件附帯控訴は理由がないから棄却することとして、主文のとおり判決する。

(別紙物件目録は、第1審判決添付のものと同一につき省略)

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